2007年05月29日(火曜日)


僕の場合、数字は空間の「位置」や「長さ」としてイメージされる。人と話をしてみると、数を文字(記号)として認識している人が多いようだ。どういうことなのか、説明が難しい。たとえば、かけ算を覚える「九九」というものが日本にはある。2×4 = 8 を「にしがはち」という言葉で覚える。だからこそ、九九があるのだ。 僕は小学生のとき、九九は、すべてその場で計算をしながら口にしていた。九九が覚えられないし、計算をした方が速いからだ。順番に唱えるときは、その数だけ足していけば良い。また、いきなり「ろくは」と問われれば、60 から、6を2つ引いて、48 と答えていた。九九を覚えるなんて馬鹿らしいと思えた。 数を頭の中でイメージするときには、座標のような空間があって、そこの位置として現れる。数の大きさは、棒の長さにもなる。6 + 7 をするときは、6 の位置に、7 の長さの棒が現れ、10 よりも 3 つはみ出るイメージが伴う。こういったふうにして計算をしている。 ちなみに、以前にも書いたが、歴史で年号を覚えるとき、1192 であれば、「いいくに」と覚えることは、僕には無意味で、それが「鎌倉幕府」とはリンクしない。それよりも、鎌倉幕府のイメージ(僕の場合は山門)の中に、1192 という数字の形を描き入れて、数字の形の石碑みたいにする。そして、それを1枚の絵にして記憶する。残念ながら、算数のように、年表という空間イメージは持たなかった。たぶん、そこまで興味がなかったからだと思う。

via: MORI LOG ACADEMY: 数のイメージ