2007年03月28日(水曜日)
講演は不得意ではない。もう 20 年以上、大勢の前で話をすることが仕事だったからだ。しかし、けっして気持ちの良いものではない。肉体的には疲れないものの、話をしたあと必ず気分が落ち込む。もっと伝えられたはずだ、もっと説明できたはずだ、もっと知ってもらいたかったことがある、という後悔ばかりが頭に浮かんでしまう。そういう幻滅にも慣れたけれど、でもやはり面白くはない。同様の不満は、ものを書いたあとにもある。 つまり、「発信」という行為は、どうしたって結局は欲求不満が大きくなるだけなのだ。「受信」は少なくとも「満たされる」行為だが、「発信」はその逆である。出したから不満になるのではない。出すことによって、さらなる未知を知ってしまい、容量が増すために、相対的に不満になる。 だから、ものを表現し伝えることで、満足を得られると考えている人は、たぶん長続きしない。クリエータを目指す人は、古い表現だが、そのことを肝に銘じておくと、仕事として持続できるだろう。満足を求めてはいけない、ということ。不満が大きくなることが正常なのだ。それが、発信することによって得られる「成長」だ、と僕は最近気づいた。