2007年03月03日(土曜日)


「やるべきことをやっている」という言葉をよく耳にする。たいていは、ちゃんと仕事や勉強をしている、という意味に使われる。あるいは、歳暮や中元、その他つけ届けをちゃんとしている、とかだ。親が子供に対してすることにも使われる。「私はやるべきことはやっている」と胸を張るような感じである。どうも、形式的に義務を果たしている、というイメージがあって、あまり好きな言葉ではないが、まあ、世の中それで通っているのか。 今はニートというらしいが、親の臑をかじっている人たちがいる。そういう人に対して、やるべきことをやっていない、と非難する人も多い。僕はそうは思わない。たとえば、仕事をしている人間でも、小説家みたいに、単なる娯楽を提供しているだけの仕事がある。これは、遊ぶために必要なものを作り出しているだけで、人間が生きていくために必要不可欠なものを生産しているわけではない。いうなれば、余裕のある人に遊びを提供しているだけだ。余裕のあるところから、報酬をもらっているにすぎない。つまり、人類として「やるべきこと」かどうか疑わしい。本気で書いているわけではないけれど、たとえば、家に籠もって親の臑をかじっている人でも、親と仲良く生活を楽しんでいるのなら、状況としてはそんなにかわらない。金持ちと一緒に遊んで、その金持ちに食わしてもらう、という昔の芸術家はすべて、いうなればニートではないか。 ようは、自分の周囲との摩擦である。周囲から「働け!」と叱咤されているなら、それは問題だ。つまり、働かないのが問題なのではなく、周囲と上手く折り合いをつけていないことが問題なのである。 結婚して子供を作れとか、就職して働けとか、それが絶対的な「人間の道」だと人に押しつける方もいるようだが、根拠が不明だ。逆に、そういう人はいったい何がそんなに不満なのか、と精神状態が心配になる。だから、荒立てないで、優しく暖かく接して、手を差し伸べてあげよう。こうして、折り合いをつけるようにしたいものだ。

via: MORI LOG ACADEMY: やるべきことをやっている?


夕食のとき、スバル氏が見ていた番組。3種類のメニューのどれかを5人がそれぞれ選び、誰かと同じものを選んだ人は食べられない。自分1人だけが頼んだ場合には食べられる、というゲーム。これの確率計算をしてみよう。いつものとおり、紙を使わず、暗算で。 まず、トータルで何種類の選択があるか。それは、3×3×3×3×3 = 243 とおりである。 1 人だけが食べられる場合は、ABBCC か、ABBBB かの2種類である。 前者(ポーカの 2 ペア)は、誰が A になるか選ぶのに 5 とおり、残りの 4 人を 2 組に分けるのに 3 とおり、また、ABC に 3 種のメニューを割り当てるのに 6 とおりなので、5×3×6 の合計 90 とおり。 後者(ポーカの 4 カード)は、A を選ぶのに 5 とおり、A と B に 3 種のメニューを割り当てるのに 6 とおりなので、5×6 = 30 とおり。つまり、1人が食べられるのは合計 120 とおりだ。 次に、2 人が食べられる場合は、ABCCC しかない。 5 人から 3 人の C を選ぶのに 10 とおり、これでグループ分けは終わり、あとは 3 種類のメニューを割り当てるのに 6 とおりなので、10×6 = 60 とおり。 つまり、1 人だけが食べられる確率は、120/243 で、だいたい 50%くらい。2 人が食べられる確率は、そのさらに半分になる。 ちなみに、全員が食べられないのは、AAAAA と AABBB の場合である。 前者(ポーカの 5 カード)はメニューの 3 種類だけのバリエーションで、3 とおりしかない。 後者(フルハウス)は、グループ分けが 10 とおりで、メニューの割り当てが 6 とおりなので、60 とおりある。したがって、誰も食べられない確率は、63/243 となる。

via: MORI LOG ACADEMY: かぶる確率