2006年12月09日(土曜日)


鉄棒で懸垂をするには、自分を持ち上げようと思わなければならないし、自分を持ち上げられると信じなければならない。精神論を言うつもりは毛頭ないが、諦めてメガネをかけるまえに、見ようとして、自分にはそれが見えるはずだと信じることは、特に成長期の子供には大事かもしれない。ただし、その目標が見たいものである必要はあるだろう。興味がなければ、人間はピントを合わせないからだ。

via: MORI LOG ACADEMY: ファラッドと視力