2006年09月29日(金曜日)


よしもとばなな氏の新刊「ひとかげ」を4日ほどかけて読んだ。僕が今年読んだ最初の小説である。たぶん、最後の小説になるだろう。この本が届いたとき、「人影」だと思ったけれど、間違いだった。 読者がどう感じようと、作家の作品は新しいものほど良い。「良い」というのは、上手いなあ、という洗練度でもなく、切れ味が素晴らしい、という鋭利さでもなく、また暖かさでも、深みでもない。どうも言葉が見つからないが、一番近いものは、「高い」あるいは「美しい」だろう。ああ、まえよりも高くなった、美しくなった、と感じる。 高いといっても、本の値段ではない。もちろん、作家の価値が、高まるのだ。つまり、作者は、作品を書くごとに、1段ずつ階段を上っていく。飛躍的に上がる1段もあれば、ほんの少ししか上がらない1段もある。しかし、下がる段はない。創作とは、上り続ける以外にないからだ。 「ひとかげ」と「とかげ」の、いずれが高い1段であるかは、読み手のそのときの高さによるだろう。しかし、作家であるよしもと氏は、かつては「とかげ」でしか1段上がれなかったし、今は「ひとかげ」でなければ1段上がれない高さにいた、ということである。 僕には、「ひとかげ」の方がぐんと美しい作品に感じられたし、その変化こそが素晴らしいと思った。

via: MORI LOG ACADEMY: ベストとひとかげ