2006年09月13日(水曜日)


素晴らしい一流の作品というのは、まず最初に、「拘り」が目にとまる。凄い、ここまで拘るか、という鬼気としたものを感じることもある。ところが、しばらく近くに置いて、それを眺め、親しむようになると、そこに潜む本当に価値あるものとは、「拘り」を越えた、「自由さ」だと気づく。実は、作者は全然拘ってなどいない。もっと素直に発想された、「なにものでも良い」という「寛容さ」が見えてくる。 掴みどころがないものを、掴みたいから、ついつい手近なものに拘ってしまう。材料はこれだ、手法はこれだ、ジャンルはこれだ、などと拘ろうとするのは、溺れる者が掴む藁と同じ。そうしているうちは、やっぱり本ものは掴めない。なにかに拘っているうちは、まだ二流ということだろう。

via: MORI LOG ACADEMY: 雨の日の模型談義

ニュートン算ともいう(ニュートンが考えたらしい)。こんな問題である。 ある牧草地に牛を放す。10 頭放すと、20 日で草がなくなってしまう。また、16 頭放すと、5 日で草がなくなる。では、何頭であれば、草がなくならないか? これを読んだ人は、0頭と答えるだろう。たしかに、0頭なら草はなくならない。1頭でもいれば、いずれは草がなくなるのではないか、と考えた人もいるかもしれない。そうではなく、草は日に日に伸びる、という条件なのだ。 ただし、1匹の牛が1日に食べる草の量は一定。また、1日に伸びる草の量も一定である。そういう仮定を設けて考えるのが数学的思考だ。 以下に解答。 まず、牛が1日に食べる量を1とする。すると、10 匹が 20 日間で食べた量は 200、16 匹が 5 日間で食べた量は 80 だ。この 200 と 80 の差、つまり、200-80 = 120 は何かというと、それは、20 日と 5 日の差、つまり 15 日間で伸びた草の量にほかならない。ここに気づくと、120÷15 = 8 で、草が1日で 8 だけ増えることがわかる。だから、牛を8頭にすれば、伸びる量と食べる量がちょうど釣り合って、いつまでも草が減らないことになる。

via: MORI LOG ACADEMY: 牧草算